このあたりは、江戸時代、紀州徳川家の下屋敷があった場所。1876年(明治9年)に佐賀・鍋嶋家に払い下げられました。鍋嶋家は当地に茶園を開き、「松濤園」と名付け、「松濤」という銘(今でいうブランド)でお茶を販売。町名の由来となったこの「松濤」とは、松の梢(こずえ)を渡る風の音が海岸に打ち寄せる海の濤(なみ)のように聞こえることから、また茶の湯の釜がたぎる音をこの松風と潮騒に例えた、雅名(風流な呼び名)です。
「渋谷区神社仏閣名所画報」より
(渋谷区立図書館蔵・豊玉社出版部・昭和16年)
閑静な住宅街に囲まれて、ぽっかりと存在する松濤公園。右手に伸びる道が「松涛公園通り」、進んでいくと渋谷駅。左手が山手通り方面。面積はホワイトハウスの建物がすっぽり入る5,012平方メートル(約1,500坪、約0.5ヘクタール)で、ちょっとした散歩にぴったりの広さ。池の周りに園路と、さらにその外側に二本の散策路。周囲は小高くなっているため、緑に囲まれている感じがよりいっそう強く感じられるものになっています。
山手通りに向かって「松涛文化村ストリート」を歩きはじめてすぐのY字路を右手、「松涛公園通り」を進むと、そこはもう、「鍋嶋松濤公園」の正面入り口です。入り口右手にそびえるのは、『HELIX』と名付けられたモニュメント。「らせん」「ねじれ」「錆」などをテーマに数多くの抽象彫刻を生み出した、彫刻家にして造形作家の脇田愛二郎氏の作品です。ちなみに脇田氏は、公園のすぐそばの「ギャラリーTOM」の建設にも関わっています。
赤・青・黄色のビビッドな色使いも楽しげな、さまざまなアイテムが立ち並ぶ遊具エリア。ブランコや滑り台、鉄棒、砂場など、子供たちのための遊具が用意されています。子どもたちの元気な歓声を聞きながら、大きな二本の樹の根元をぐるりと囲むベンチで一休み。
おっと、まだ歩きはじめたばかりでした。先に進んでみましょう。
遊具エリアの奥には、滔々と水を湛える大きな池が広がっています。ここは渋谷界隈では数少ない「湧き水」による湧水池。1時間あたり約1,000ℓの湧水が湧き出しているということです。池の中で錦鯉が優雅に泳ぐ姿や、季節によっては水辺で甲羅干しをする亀も見ることができます。
池の周りに設けられた園路を歩いていきましょう。鍋嶋松濤公園のシンボル的存在である、池の端に建つ水車小屋を臨むベストポイントにやってきました。こちらにはベンチがふたつ設置されています。春には頭上に咲き誇る桜も楽しめる、まさに絶景スポット。近隣の方々はもちろん、水車小屋やたくさんの木々をカメラに収めたり、スケッチする人々も数多く訪れています。
池の周りを巡る園路のほかに、西側(山手通り側)・東側(渋谷駅側)両方に小さな散策路が設けてあります。実は、水車小屋を臨むベストポイントは、この山手通り側の散策路からの眺めという説も。ぜひとも、ご自身の目でご確認ください!
敷地内を彩る豊富な草花もまた、鍋嶋松濤公園の魅力のひとつ。主な草木は、ソメイヨシノ、シダレサクラ、サザンカ、ヤブツバキ、ケヤキ、イロハカエデなど。公園東側の園路にはツツジ(4月〜5月)、西側の園路ではアジサイ(6月〜7 月)が見事に咲き誇ります。また、これらの葉陰を求めて、数多くの野鳥や昆虫が生息する「サンクチュアリ」でもあるのです。
さらに園路を時計回りに進んでいきましょう。ショウブ、コウホネ、アサザなどが生い茂るその眺めは、さらに緑豊かな色合いになっていきます。季節ごとに変わっていく、さまざまな表情を楽しむのもまた一興です。池の奥手にぽかりと浮かぶ小さな島も、ここからよく見えますね。
ぽかりと浮かぶ小島を中心に回るように進んでいきます。小島の向こうには水車小屋が。ここには、裏手の公園入り口と東側散策路に通じる階段があります。ちょっと寄り道してみましょう。
裏手の入り口と松濤庵側の入り口を繋ぐように伸びる東側の散策路は、西側(山手通り側)の散策路より長めで上下2本に分かれています。木立を縫うようなこの道をのんびり歩けば、ここが渋谷であることを忘れてしまいそう。
水車小屋の脇までやってきました。水車は一定間隔で回っています。その水音を聴きながら、水車小屋の両脇にあるベンチで寛ぐことができます。亀が甲羅干しをしているポイントもこの周辺なので、夏場はぜひ目を凝らしてみてください。
水車小屋の裏を抜けると、園路はふたたび遊具エリアへと向かいます。時計のところでひとまわり。池の周りをゆっくりと歩いて、およそ10〜15分くらいでしょうか。おつかれさまでした。
松濤公園にはゴミ箱がありませんので、ゴミは必ず持ち帰るようにしましょう。タバコはトイレ脇の喫煙所で。ここは緑豊かで閑静な、渋谷では貴重な憩いの場所。美しい場所は美しいまま利用したいものですね。